マレーシア移住 ロングステイ

下見なしでマレーシアに移住、ロングステイを開始!

初めての移住の日

29歳の冬だった。珍しく埼玉にも雪が積もる中、羽田空港に向かった。理由は、マレーシアに移住するため。

3ヶ月ほど前から考え始め、行動に移すことに決めた。決断力に欠け、追い込まれないと先延ばしにする性格の私には珍しい思い切った行動だ。

マレーシに永住するつもりはないが、ロングステイと呼ばれるぐらいの期間は住むつもりだし、その後も海外生活は続けるつもりでいた。

つまり、マレーシアに移住するのは、海外生活の第一歩という位置づけ。ビザも持たず、とりあえず住んでみようという気持ちが大きかった。

シンガポールに隣接し、マレーシアの中でも発展のスピードが速いと言われるジョホールバルを、海外生活のスタートの街に選んだ。物心ついた頃には、日本の経済は停滞していたので、現在進行形で発展している街に身を置く体験をしてみたい、そんな気持ちが強かった。

深夜便に乗り、まずはクアラルンプールに向かう。日が沈んだ後、電車を乗り継いで羽田空港に行く道では、不安がなかったといえば嘘になる。そもそも、海外旅行すら1度しか行ったことがないのに、マレーシアに移住するときに持っていく荷物なんて分かるはずもない。

何を持っていけばいいのか、抜けはないのか、最後まで答えは出なかった。とりあえず、商売道具のパソコン、そして着替えや印鑑を持ち、空港へ向かった。

不安な気持ちで夜に歩きまわると、なおさら後ろ向きな気持ちになる。それでも、空港に到着して夜の雰囲気が一掃されると、気持ちも落ち着いた。

クアラルンプールへ

深夜12時前に飛行機に乗り、マレーシアの首都、クアラルンプール国際空港に到着したのが早朝。雪景色から、急に南国の天気に一変した。

その日の夜行列車でジョホールバルに向かう手はずなので、1日は予定がある。初めてのマレーシア、クアラルンプールを見て回ることにした。唯一の荷物である大きなボストンバッグがどうにか入るコインロッカーがクアラルンプール中央駅で見つかった。そこにダウンジャケットも入れ、Tシャツ一枚で観光に出る。

急激に気温が変化するという初めての体験、そして、初めてみる東南アジア。移住するとは言え、下見もしていないので、何もかもが新鮮だ。

モスクを見たり、マレーシアを象徴するペトロナスツインタワーに行ったり、その近くのショッピングモールに行ったりしているうちに、1日は過ぎていった。

途中、4車線の大通りを車をものともせずに無理やり横断する人々、ギリギリまでスピードを落とさない車を見て、事故が起きないのが不思議だった。

キョロキョロしているうちに時間が来て、中央駅へ。マラッカまで行く初老の男性に話しかけられ、妻と別れて家に来ればいいという誘いも受けたが、不穏な空気を感じないこともなかったので、丁重に断った。が、その後もグイグイ来るのでますます警戒心は強まり、受け取った電話番号のメモはすぐに捨てた。

そんなことがありながらも、とにかく移住先となるジョホールバルへ。

始まったマレーシアでの生活

ロングステイという言葉は、この時には考えていなかった。海外移住という言葉は念頭にあったし、永住するつもりはなかったが、ロングステイとか長期滞在というのとも違った。

というのも、マレーシアに住むのは2年程度が目安になる予感はしていたものの、そのまま当分は海外に住み続けることを、ぼんやり考えていたからだろう。

そして、その第一歩となったジョホールバル。到着したのは早朝6時過ぎ。店もやっていなければ、日も昇っていない。

とりあえず予約していたホテルへ。ネットで予約していたが、プリントアウトが必要だったらしい。仕方ないので、近くのネットカフェまで荷物を持って移動し、そこでプリントアウトしてきた。

ホテルに戻って分かった事実。予約の日付が間違っている・・・。

なぜかマレーシアに向かって羽田空港を出発する日付けで予約していた。その夜は飛行機の中なのに。

結局、ホテル代をムダに払っただけになってしまった上、そのホテルは満室であることが判明。近くのホテルに移動し、受付で部屋を取った。

これがマレーシア移住1日目のスタート。なかなか前途多難だが、その後は前もって友人から紹介してもらっていた不動産業者と部屋の下見に行き、午前中に物件の契約ができた。後は掃除等の準備があるので、1週間ほどホテル暮らしをしたら、そちらに移れる。

こんな風にして、マレーシア移住の最初のステップが踏み出された。

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